I WISH… 〜星に願いを〜 星の光が降リ注ぐ夜に祈った、ささやかな願い。 エリクール二号星。 聖王国シーハーツ、王都シランド。 清浄たる水が絶え間なく至宝であるセフィラから溢れ出し、その恵みを讃えるアペリス教の総本山。 傾く西日が残光を投げかける中、山中から切り出してきたであろう竹を抱えてムーンリットの橋を渡る蒼い髪の青年がいた。 歩くたびにゆさゆさと、枝の笹が風に揺れる。 「ふう…」 「これはフェイト様、お帰りなさいませ。…そのような物を何に使うのですか?」 正門の所に立って警護していたシーハーツ軍の女性兵士がそんなフェイトの姿を見るや、早速訊ねてきた。 「ああ、ご苦労様。いえね、僕の故郷の風習に、ね」 「ほう、グリーテンの?」 「うん…まあね」 フェイトは苦笑って言葉を濁した。 …ここでは、彼はグリーテンの人間なのだ。 本当の事を知っているのは、ロメリア女王やラッセル執政官を含め、ごく僅かだ。 「そうですか。足止めしてすみませんでした。どうぞお通りください」 「ありがとう」 互いに会釈を済ますと、竹を担いだフェイトは門を潜り街の中に入っていった。 「よし。もうこんな時間か。急ごう」 シランド市街に居候している家の庭に竹を突き刺すと、早速フェイトは飾り付け用の短冊を用意する。 赤、青、黄…といった、様々な色の短冊。 それに、縁側に置いた施力灯の光の下で、筆を取り願いを書いていく。 「ん〜っと、月並みだけど『世界が平和でありますように…』…と」 「フェイト、何をしてるんだい?」 フェイトが頭を捻りながら次の文面を書いていると、後ろから声を掛けられる。 「あ、ネルさん」 フェイトが振り返ると、赤い短髪のきりっとした顔つきの女性が腕を組んで僅かに微笑んでいた。 彼女の名はネル・ゼルファー。 王国の誇るクリムゾンブレイドの一人にして、封魔師団『闇』の隊長。 この家の主人でもある。 「竹なんか庭に差してさ、それにこの紙はなんだい?」 そう、ここはゼルファー家だ。『水霧の将軍』と言われたネルの父、ネーベル・ゼルファーが亡くなってからは、母のリーゼルと共に二人で住んでいたが、 この地に残ったフェイトの為に、ネルが部屋を貸してそこに住ませた。なので今は、三人で暮らしている。 「僕の故郷の、星に願うお祝いなんですよ。短冊に願いを書いて飾ると、願いが叶うっていう」 「へえ…」 黒紫のマフラーに口元を埋めたまま、ネルは紫色の瞳を見開いた。 「地球にいた頃は、ソフィアの家族とよくしてました。…丁度今日がその日なんです」 「そうなんだ」 そう、今日は地球で言えば七夕…7月7日なのだ。 「空の星の川が見えますよね。ほら、川を隔ててひときわ光を放つ二つの星があるでしょう? 僕等の故郷ではあれを牽牛星と織女星と言います…」 フェイトが暗くなりかけた空を指差しながら言う。 「ほう…」 ネルもフェイトの横に腰掛け、空を見上げた。 天空を流れる、どこまでも続くかのような輝ける星々の河…。 月の女神も、今日は主役を奪われたかのように控えめに淡く光っていた。 「伝説では天の川に隔てられた牽牛…牛飼いの男と、織女…機織の女は恋人同士ながら、一年に一回だけ架けられる天の橋を渡って会うことが許されるんです…」 「そうなのか…。何だか切ない事だな」 「…それでも、二人は永遠の愛を誓い、貫いたそうです」 「成程…」 フェイトの言葉に、感慨深げにネルは頷く。 「伝説ですが…この天に煌く燦然たる星々を見てると、あながち嘘ではないかもしれませんね」 「そうだね。なあフェイト」 すっかり日の暮れた空を見上げていたネルは、フェイトに視線を戻し声を掛ける。 「何です?」 「私にも願いを書かせてくれないか?」 「あ、いいですよ。何枚でもありますから」 フェイトは微笑って短冊と筆を差し出した。 「ネルさんの願いはわかってますよ」 「ほう、なんだい。当ててみな」 「この国に永久の平和を、でしょう?」 「まあ、それもあるな」 「クレアさんといつまでも仲良く」 「うん、それもある」 「タイネーブさんとファリンさんがもっと成長しますように」 「おお、それも書かなきゃな」 そう言いながら、願い事を短冊に書いていると。 「楽しそうね、二人とも」 と、気品のある、50代半ばの女性が優雅な仕草で奥から姿を表した。 ネルより少し長い赤い髪、落ち着いた雰囲気を漂わせる服装。 「リーゼルさん」 「お母様」 そう、この婦人こそ、ネルの母親、リーゼル・ゼルファーその人だ。 「面白い話だったわ、フェイトさん」 「あ、聞いてたんですか」 「ええ、ロマンチックな話ね。でもネル、書かなきゃダメな事があるでしょ?」 「何ですか、お母様」 「『愛しいフェイトさんの側にずっと居れますように』、を忘れているわよ?」 にこにこと笑いながらネルの肩に手を置き、さらりと言うリーゼル。 「なっ…、かっ、からかわないでください!」 瞬間湯沸かし器の様に、ぼふうっ、とネルの頬が朱に染まる。 「フェイトさんはどうです?」 「う、うん…僕も書こうかな、って思ってたんです…」 「ちょっ…、フェイト…!」 照れながらも、フェイトはリーゼルに返答した。 その言葉に思わず赤面してマフラーに顔を埋めるネル。 「ほら、フェイトさんは素直よ? 貴女も素直になりなさい?」 勝ち誇ったように言うリーゼル。母は強し。 「お、お母様!」 「素直になりなさい、ネル。そうでないとクレアちゃんにフェイトさん取られちゃうわよ? アドレーさん、諦めてないみたいだから」 「 お 母 様 !!!」 赤面して母に抗議するネルを見ながらフェイトは笑う。 「ははは…」 「笑うな、そこ!」 びしっと、フェイトを指差すネル。 「ごめんなさいね、フェイトさん。この子ったら本当に素直じゃないんだから…」 本当に困った、と言う顔をしてフェイトに謝るリーゼル。 「いえ、リーゼルさん、僕は気にしていませんから…」 「ありがとう、フェイトさん。私も書いていいかしら?」 「ええ、勿論ですよ、どうぞ」 フェイトは微笑んで短冊と筆を渡した。 「『ネルとフェイトさんが早く結婚してくれますように』…っと」 さらさらと、書いていくリーゼル。 「なっ…!」 「そして、『早く孫の顔を見せてくれますように』、と…」 「ちょっ、お母様ー!!!」 またネルがリーゼルに抗議するのを見て笑うフェイト。 「あははは…」 「笑うなー!」 「フフフ、私はお茶でも淹れて来るわ、ごゆっくり」 散々娘をからかったリーゼルはそう言うと奥に消えた。 「じゃ、僕は短冊を飾ります」 フェイトは立ち上がると、糸を通した短冊を夜風に揺れる竹の枝に結わえ付けていく。 「…ったく、お母様は…」 ネルもフェイトの側に来ると、その様子を見ながらブツブツと呟く。 「楽しかったよ」 「私は全然楽しくない!」 ネルはまだご機嫌斜めだ。 「…僕の事、嫌いですか?」 静かに、フェイトは聞く。 「そ、そんな訳無いだろう!」 首を振って否定するネル。 「良かった」 にこりと、星の煌きの様な笑顔を見せるフェイト。 「う…」 その蔭りない光に思わず、ネルの紫の瞳が揺れる。 「…僕はずっと、ネルさんの側に居ますから…」 「…フェイト…」 「伝説の様に、一年に一度だけではなく、ずっと貴女の側にいますから…」 「あ、ありがとう…。私も側に居るよ…、フェイト…」 そっと、互いに短冊に書いた願いを言葉に紡ぐ。 そんな微笑ましい二人を讃えるかのように、牽牛と織姫の天の恋人は、千光年先まで輝く優しい祝福の光を暗くなった世界に投げていた。 星に願いを ささやかな願いを 叶えたまえ、どうか叶えたまえ 天を流れる星の川よ 待ち侘びるのは僕 涙落とすのは私 つないだ手を離さない 絡まる思いは細い糸の様に 青い光は紫の影に染まる 月は笑い、星はさざめく 風に揺れる願い、遠い空まで運んで 星に願いを ささやかな願いを あなたがここにいてくれる事 星の光が振り注ぐ夜に祈る この願いよ、どうか届け 光り輝け、永久に 偽りなき想いの思いよ 星に願いを -fin- back