引出しからスルリと抜け落ちた1枚の写真。

青空の下、幸せそうな家族の笑顔。

 

―それは、遠い記憶。

 

 

 

 

 

憶の海

 

 

 

 

 

「父さんー!母さんー!」

 

砂浜に一番に到着した少年は、満面の笑みで両親を振り返った。

走っている途中で脱げた靴を両手に持ち、それを空高く掲げる。

思わず仰いだその空は、夏の太陽が眩しく輝いていた。

 

 

 

「クロード、あんまり遠くへ行っちゃダメよー!?」

砂浜へ続く抜け穴から、籠ったようなイリアの声が聞こえてきた。

どこか頼りない声色にクロードはくすりと笑みを浮かべる。

抜け穴は天上が低く、屈んでやっと通れるほどの高さ。

その上、足元はゴツゴツとした岩肌で歩きにくい。

砂浜に出てきたイリアは、慣れない足場に戸惑うようにロニキスの腕をしっかりと掴んでいた。

「イリア、ほら見てみろ」

ロニキスに促されるままに、イリアは視線を足元から前に移した。

「―っ!眩しい…」

暗闇に慣れた目に降り注ぐ眩い陽光。イリアは思わず目を細めた。

ゆっくりと開くその目に映ったものに、ふっとイリアの口元が緩む。

夏の真っ青な空に堂々と佇むあの太陽に負けないぐらい輝く、愛息子の笑顔がそこにあったから。

 

 

 

「大丈夫!僕―海が大好きなんだ!!」

はにかんだ笑みを浮かべるクロード。白い歯がひょっこりと顔を出す。

靴を砂浜へ放り投げ、蒼の世界へと足を踏み入れた。

素足に伝わるヒヤッとした感覚が心地良い。

水面から透けるように映る砂、貝、そして―

「―あれ?」

砂に紛れて、何か光るモノがある。

クロードは首を傾げ、ゆっくりとそれに手を伸ばした。

その時、視界がグルリと反転するような不思議な感覚に襲われた。

ツルリ。

素足が滑り、そのまま海中へ身を投げ出される。

 

「―わっ!!」

「―…クロード!!!」

 

次の瞬間、 何かに抱えられるような浮遊感と、自分の名を呼ぶ声がした。

「クロード!!大丈夫か!?」

「と、父さん…」

いつもの穏やかな声とは違う緊迫した声。

そして息をつく間もなく、ロニキスを追うようにしてイリアが走ってくるのが見えた。

「クロードッ…!」

「母さ―」

クロードが言い終わるよりも早く、イリアはクロードを力いっぱいに抱き締めた。

「か、母さん…!?」

抱き締められている手が微かに震えているような気がした。

ふと見えたその顔は、安堵の表情に満ちていた。

 

「もう―気をつけなさいって言ったでしょ!?」

「ご、ごめんなさい―」

素直に謝るクロードを見て、ロニキスとイリアは顔を見合せた。

「―海が、好きなのか?」

ロニキスは中腰になり、クロードと同じ目線で海を見つめた。

「―うん!僕、海が大好きだよ。ワクワクするんだ」

「ワクワクする?」

「この海の先には、僕の知らない世界があるんだよ?−ううん、誰も知らない世界だって…!」

クロードは海と同じ色の瞳を輝かせながら、溢れる笑顔を遥か遠くの世界に向けた。

まだ幼いその体には、大きな夢とロマンが溢れていた。

 

 

 

「―私が宇宙へ出た時も同じ気持ちだったな」

「クロードも、いつか宇宙へ出ることになるのかしらね」

「…そうだな。近い未来に―クロードはもっと大きな世界を知ることになるだろう」

「―大丈夫かしら?」

イリアはクロードの背を見つめながら呟く。

「クロードなら大丈夫さ」

ロニキスはイリアに頬笑みを向けた後、クロードを肩車した。

「わっ」

突然に視界が高くなり、クロードは目を丸くする。

「クロード」

「…なに?父さん」

 

 

 

「いつか―お前を星の海に連れて行こう」

 

 

 

「星の―海?」

クロードは言葉の意味を考えるように難しい顔をした。

「そうだ。一緒に星の海を見よう」

『一緒に』、その言葉がクロードの心を強く打つ。

そして、「星の海」という未知の世界―。

クロードの顔に、たちまち無邪気な笑みが広がった。

「―はい、父さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、小さな約束。

閉ざされた過去と共に葬られた記憶。

―それでも、果たされる時を待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―ド、クロード、」

「ん……?ここは…」

跳ね上がるように飛び起きると、その反動で体に掛けてあった毛布が床に落ちた。

レナが掛けてくれたのだろうか、背中にはまだほんのりと温もりが残っている。

落ちた毛布を拾おうと屈んだ瞬間に、ふっと視界が眩んだ。

「―っ」

「クロード!大丈夫?」

咄嗟に抱き抱えてくれたのは、レナだった。

「ご、ごめん…」

長い間寝ていたのだろうか。とても深い眠りについていた気がする。

この眩暈もそのせいだろう。目覚めてもまだ視界が薄っすらとぼやけている。

クロードはゆっくりと目を閉じ、軽く頭を振った。

そして再び目を開けた時、そこに広がる光景にクロードは息を呑んだ。

 

 

 

「―星の……海」

 

 

 

それは、父さんとの約束の場所。

 

 

 

 

 

「―クロード、どうかした?」

レナは訝しがってクロードの顔を見つめる。

「あっ…いや。夢を見たんだ」

「夢?」

「父さんと母さんが海へ連れて行ってくれた日のことを思い出したよ」

「そうなの…」

レナは聞いて良いことだったのかを思案するように、歯切れ悪く呟いた。

クロードはそんなレナの迷いを取り去るように、平静を装って話を続ける。

「一体どこに置いてきたんだろう。あんなに大切だったのに」

「…なくした―もの?」

「うん…っていうよりは、封印したもの、かな」

途切れ途切れの言葉。

空気に触れた瞬間にすっと消えてしまいそうなほど頼りなくて、か弱い。

まるで自分に言い聞かせるかのようにして紡がれてゆく。

「封印って…何を?」

 

 

「―父さんとの、約束」

 

 

 

 

 

 

 

 

父さん―ロニキス・J・ケニーはとにかく多忙な人だった。

宇宙を駆け回る父の姿は時に、常に何かに追われているようにも見えた。

それでも僕は父のことが大好きだったし、誰よりも尊敬していた。

たとえ一緒に過ごせる時間が短くても、自分と父を繋ぐ「約束」という名の絆があったから。

―けれど、それを容易く断ち切ってしまうものがあると知るのに、それほど時間は掛からなかった。

 

提督の息子。英雄の息子。

誰も僕をクロードとして見てはくれなかった。

 

この頃からだろうか。

残酷な現実を閉じ込め、誰にも開けられないように鍵を掛けた。

約束はただの過去になり、やがて記憶の砂に埋もれ―

 

消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして父さんは僕を軍人にしたのかって、ずっと思ってたんだ」

親の七光だと陰口を叩かれた日々、夢も希望も失った。

「封印した約束…父さんは覚えていてくれたんだ」

ははは、と乾いた笑いが漏れる。

「その約束を果たすために、父さんは僕を―…」

「クロード…」

虚勢を張るクロードに、レナは憐みの目を向けた。

その瞳は今にも溢れ出しそうな涙で潤んでいた。

「今更そんな―」

出かかった言葉を思わず呑み込んだ。

胸にこみ上げる熱い何かが抑きれずに噴き出してくる。

「くそっ―父さん―!!」

その瞬間、一筋の涙が頬を濡らした。

後から後から止めどなく流れる涙にすっと細い指が触れる。

「大丈夫、大丈夫だから」

レナはただそう言って僕を抱き寄せてくれた。

体を優しく包む温もりは、あの時の母さんのものと少しだけ似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、どこからやってきたのか1枚の紙が2人の頭上に舞い落ちた。

「―何、これ?」

「写真?……これは…!!あの時の写真だ―」

クロードはその写真を食い入るように見つめた。

海を背景に、満面の笑みを向ける幼いクロード、そして隣で微笑むロニキスとイリア。

深い溜息が漏れた。

 

「変わったんだな…僕も、父さんも、母さんも………」

レナは横から写真を覗きこみ、写真とクロードとを交互に見つめた。

「な、何だい?レナ…」

「今この瞬間にも、世界はどんどん変わっていく―でも、変わらないものだってあるわ」

「変わらない、もの?」

 

 

「あなたの瞳」

 

 

レナはクロードの目を見つめて言った。決してその視線を逸らすことなく。

「夢に満ちた瞳は幼い頃から変わってないわ」

レナは得意げに笑い、そして目の前に広がる宇宙に向かって大きく手を広げた。

「ロニキスさんの夢、クロードの夢、…私の夢。みんな、この星の海の中にあるの」

だからね、レナはそう言って付け足してクロードの方を振り返った。

 

「次はみんなで来ましょう?」

 

 

その瞬間、レナの笑顔に救われたような気がした。

もう一度、この星の海からやり直せるのなら。

僕は、あなたと星の海を見たい。

あの日の約束を果たすために。

―父さん。

 

 

 

「―うん、そうだね…」

「私ね?この場所にいられることが、凄く嬉しいの。どうしてか分かる?」

「…どうしてだい?」

「クロードが一緒だから…クロードが特別な人だからなんだって思うの」

「―レナ…」

「ロニキスさんもきっと同じ…クロードが特別な存在だから約束したのよ」

「………ありがとう、レナ」

 

 

 

 

 

僕の心に降り注ぐ君の言葉は、暗闇の世界に差し込んだ光のように、

優しく、温かく、僕を照らしてくれた。

君がいなければきっと、僕はこの場所まで辿り着くことができなかった。

 

約束の地に立った僕を、父さんは笑顔で迎えてくれるかな。

 

 

 

星の海に連れてきてくれてありがとう―父さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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+あとがき+

こちらの作品は、企画「SO1000」様へ投稿させて頂きました!

SO1SO2をプレイしている中で自然と思いついたケニーファミリーネタです。

クロードが海好き…かどうかはさておき(笑)

クロードがレナに言った『星の海へ連れて行く』という言葉は、ロニキスさんが起源であったというお話。

…完璧妄想の世界ですいません(笑)

クロードは大きくなるにつれ、英雄である父にコンプレックスを抱き始めたわけですが。

きっと小さい時はお父さんのこと大好きだったと思うんですね。

これはまだ「星の海」=「宇宙」と繋がらないくらい幼い時。

星の海が何かも分かってません…でも、これが父と交わした初めての約束なんです。

仕事が忙しくてあまり遊んでもらえなくて、多分ロニキスさんって「果たせない約束はしない」人だと思うので(笑)

遊びに行く約束とかあんまりしなかったんじゃないかと思うんですよね。

今度の休みにどこへ行こう、とか。軍人さんってホント大変そうですからねー…。

だからこそ、これはロニキスさんが必ず守ってみせる、という強い意志を込めて交わした約束なんです。

ロニキスさんもきっと星の海を本当に愛していたと思うんですよ。

だからこそクロードにも見せたかった。クロードと一緒に、この星の海に立ちたかった…んじゃないかと。

ミロキニアに行く時点で約束は果たされたことになっていますが、その時にはもう親子の絆はギスギスで(苦笑)

クロードは約束を覚えていない、という設定。ロニキスさんは覚えているけど言い出しにくい…みたいなね。

そんな心の奥、閉ざされた引出しの中にあった記憶が、ふと夢の中で蘇ります。

引出しに掛けた固い鍵を外したのは、レナや仲間達とのエクスペルでの冒険…だったんじゃないでしょうか。

過去と向き合い、自分と向き合う勇気を仲間からもらったんだと思います。

再び約束が果たされる時、ロニキスさんとクロードを結ぶ親子の絆は何よりも強いものになるんじゃないかと!

あっ、もちろんイリアさんも…!!!(忘れるな)

…というわけで、「SO1000」に参加させて頂きありがとうございました!

そして最後まで読んで下さってありがとうございました!

 

2008.4.08  N.Kurumi